国土のほとんどを山林が占め、豊かな水資源に恵まれている日本。その一方で、世界には安心・安全な飲み水を確保できない人が約11億人いることが2006年の国連で報告されています。
このような安心・安全な飲み水の不足は一見、私たち日本人には関係ない問題のように思えるかもしれません。しかし日本は、農作物や食肉の多くを輸入に頼っており、それらを育てるために消費した水も間接的に輸入しているのだと考えてみれば、決して他人事ではないのです。
この記事ではそんな「バーチャルウォーター(仮想水)」という考え方について、わかりやすく説明していきます。
日本と世界の現状、私たちにできることを、この記事をきっかけに知っていただければ幸いです。
【目次】
- バーチャルウォーター(仮想水)ってなに?
- 身近な食べ物からバーチャルウォーター(仮想水)を算出してみよう
- ハンバーガー
バターを塗ったトースト
ポークカレー(6皿分) - バーチャルウォーター(仮想水)から見えてくる問題とは
- 水不足
水質汚染 - バーチャルウォーター(仮想水)の世界比較
- 輸入国
輸出国
水不足に陥っている国 - 日本のバーチャルウォーター(仮想水)が多い原因
- 食料自給率が低い
水の供給量と土地が不十分 - バーチャルウォーター(仮想水)とウォーターフットプリント(水の足跡)の違い
- バーチャルウォーターを減らすために私たちにできること
- 食生活を見直す
地元産物の地元消費をする - バーチャルウォーターの概念を身につけて理解を深めよう
バーチャルウォーター(仮想水)ってなに?
バーチャルウォーター(Virtual Water)とは、1990年代にロンドン大学のアンソニー・アラン名誉教授が提唱した考え方です。
肉や野菜などの農畜産物をつくるには、多くの水が必要となります。したがって、農畜産物を輸入すると、その生産に必要な水も一緒に輸入したことになると考えて、輸入した水の量を計算したものです。
例えば、トウモロコシを1kg生産するのに必要な灌漑(かんがい)用水は、1,800リットルと言われています。さらに、牛はトウモロコシなどの大量の穀物をエサにするため、牛肉を1kg生産するためにはその約2万倍の水が必要です。
もし、この牛肉1kgを自国で生産するとしたら、必要な水量は……と仮定することを「バーチャルウォーター(仮想水)」と呼びます。
身近な食べ物からバーチャルウォーター(仮想水)を算出してみよう
では、私たちが普段食べている料理には、一体どれくらいのバーチャルウォーターが含まれているのでしょうか?
ここからは、環境省が発表している「仮想水計算機」をもとに、食べ物に含まれるバーチャルウォーターを実際に算出していきます。
※ペットボトルは500mlで換算
ハンバーガー
ハンバーガーの材料は大まかに牛肉、パンです。
ここでは、この2つの材料をもとにバーチャルウォーターの量を算出します。
・牛肉(45g)…バーチャルウォーター量927リットル(ペットボトル1,854本)
・パン(45g)…バーチャルウォーター量72リットル(ペットボトル144本)
これらを足すと、ハンバーガー1個当たりのバーチャルウォーター量は999リットルです。ペットボトルに換算すると、1,998本もの水が使われていることになります。
バターを塗ったトースト
バタートーストの材料はバター、食パンの2つとします。
・バター(大さじ1)…バーチャルウォーター量171.6リットル(ペットボトル約343本)
・食パン(60g)…バーチャルウォーター量96リットル(ペットボトル192本)
これを足すと、バタートースト1枚当たりのバーチャルウォーター量は267.6リットルです。ペットボトルに換算すると、約535本になります。
ポークカレー(6皿分)
カレーにはにんじん、玉ねぎ、じゃがいもなど、たくさんの野菜が使われています。
ハウスバーモントカレーの裏面にあるレシピを参考に、ポークカレー6皿分のバーチャルウォーター量を算出してみましょう。
・豚ばら肉(薄切り)(250g)…バーチャルウォーター量1475リットル(500ミリペットボトル2,950本)
・玉ねぎ(中2個)…バーチャルウォーター量75.84リットル(ペットボトル約151本)
・にんじん(中1/2本)…バーチャルウォーター量約20.58リットル(ペットボトル約41本)
・じゃがいも(中1.5個)…バーチャルウォーター量27.75リットル(ペットボトル約55本)
・サラダ油(大さじ1)…バーチャルウォーター量20.8リットル(ペットボトル約41本)
・バーモントカレー1/2箱(115g)…バーチャルウォーター量約524.8リットル(500ミリペットボトル約1,048本)
・ご飯(150g×6皿分)…バーチャルウォーター量3,330リットル(ペットボトル6,660本)
これらを全て足すと、バーチャルウォーター量は約5474.77リットル。ペットボトル約10,949本分のバーチャルウォーターが含まれている計算になります。
バーチャルウォーター(仮想水)から見えてくる問題とは
上記のように、日々の食事の中にも驚くべき量のバーチャルウォーターが含まれていることがわかりました。では、大量のバーチャルウォーターによって一体どのような問題が起こっているのでしょうか。
ここでは、世界が抱える2つの問題を解説していきます。
水不足
地球上にある水は、全体の97.5%が海水です。淡水は全体の2.5%で、その多くを氷河が占めています。そのため実際に人間が使える水は、地球全体の0.01%だと言われています。
一見少ないように感じますが、理論上では、世界全体の淡水量で全人口の日常生活に必要な水をまかなえるそうです。
しかし現実には、人々が暮らす地域に必要な水量が均等に行き渡ってはいません。どこに住んでいるかによって、必要な水を入手できるかどうかは極端に違い、水資源が豊富な国と乏しい国とで大きな格差があるのです。国際連合広報によると「2030年までに、淡水資源の不足は必要量の40%に達すると見られる」と発表されています。
そんな中、それぞれの国のバーチャルウォーター量を調査してみると、水資源が乏しい国が他国に食料等を輸出している事例もあります。
その代表例がインドです。インドはバーチャルウォーターの輸出量が世界第3位と言われていますが、国内では約6億人(当時の人口の半分)が深刻な水不足に直面しています。また、毎年約20万人が安全な水へのアクセスが不十分なために命を失っています。(2018年インド行政委員会—NITI Aayog—の統計より)
一方、日本やイギリスは降水量が多く、水資源が豊富な国だと言われていますが、他国から大量のバーチャルウォーターを輸入してます。
こうした偏ったバーチャルウォーターの輸出入は、水資源が乏しい国の水問題をさらに深刻化させています。
水質汚染
バーチャルウォーターの輸出国の中には、水質汚染が悪化している国もあります。
例えば中国は、人口の増加や急速な経済発展に伴い、生活排水・工業排水・農業廃水が増加しています。そのため下水処理施設が足りず、河川が汚染されているのです。
日本は中国から多くの野菜や食料を輸入しているので、私たちの食の安全性をもおびやかす問題といえます。
バーチャルウォーター(仮想水)の世界比較
バーチャルウォーターの輸出入は、国により大きく差があります。バーチャルウォーターを大量に輸入している国は、先進国が多いという特徴があります。
ここでは、世界の国々のバーチャルウォーター輸出入率を見ていきましょう。
輸入国
バーチャルウォーターの輸入量が多い国は、以下のランキングの通りです。
順位 | 国 | 1人あたりのバーチャルウォーター |
1 | オランダ | 417万6000リットル/人 |
2 | イタリア | 171万1900リットル/人 |
3 | ドイツ | 152万4000リットル/人 |
4 | フランス | 120万リットル/人 |
5 | イギリス | 114万9000リットル/人 |
6 | 日本 | 100万リットル/人 |
7 | アメリカ | 72万リットル/人 |
8 | メキシコ | 69万6000リットル/人 |
9 | 中国 | 8万6428リットル/人 |
上記の表を見ると、G7(日本、アメリカ、フランス、ドイツ、カナダ、イタリア、イギリス)のうち6カ国がバーチャルウォーターを多く輸入していることが分かります。日本やイギリスのように年間降水量が多い地域であっても、バーチャルウォーターの輸入によって他国から多くの水資源を得ていることになります。
また、この数値は1人当たりの輸入量なので、人口が多い国であるほど、輸入するバーチャルウォーターの総量は大きくなります。
輸出国
バーチャルウォーターの輸出国として代表的なのが、アメリカ、パキスタン、インド、オーストラリア、ウズベキスタン、中国、トルコなどの国々です。この7カ国だけで世界のバーチャルウォーターの輸出量49%を占めていると言われています。
これらの国々の特徴として挙げられるのが、いずれも「水ストレス」にさらされているという点です。
インド北部を流れるガンジス川上流域と、パキスタン南部を流れるインダス川下流域のケースを見てみましょう。ガンジス川上流域では、雨水や雪解け水などの自然に戻る水の量に対し、農業用などでくみ上げられる水の量が50倍というデータがあります。同様に、インダス川下流域では18倍もの水がくみ上げられています。
さらに、インドでは飲み水の70%が汚染されており、深刻な水ストレスが問題になっています。経済的に輸出が欠かせない国ほど、輸出によってますます水不足が加速するという悪循環に陥っているのです。
水不足に陥っている国
では、実際に水不足に陥っている国を見てみましょう。
下記の表は、生活のなかで物理的に水が不足している人口の多い国をランキングにしたものです。
順位 | 国名 | 少なくとも1年のうち一定期間、 生活のなかで水が不足している人数 |
1 | インド | 10億人 |
2 | 中国 | 9億人 |
3 | バングラデシュ | 1.3億人 |
4 | アメリカ | 1.3億人 |
5 | パキスタン | 1.2億人 |
6 | ナイジェリア | 1.1億人 |
7 | メキシコ | 0.9億人 |
インドやアメリカ、中国のように、輸出の上位国であるにも関わらず、水不足が起こっている国もあることが上記の表でわかります。これは、輸出により収入を得られている反面、自国内の水資源を思うように活用できていないということを意味します。
現状、バーチャルウォーターの輸入・輸出国のバランスがとれているとは言えません。水の足りない地域がバーチャルウォーターを多く輸出していたり、水不足とは言えない地域が大量のバーチャルウォーターを輸入しているという実態があります。
日本のバーチャルウォーター(仮想水)が多い原因
日本は世界的に見ても降水量が多く、豊かな水資源に恵まれています。しかし、どうしてバーチャルウォーターの輸入量が多いのでしょうか。
ここでは、2つの主な要因をご紹介していきます。
食料自給率が低い
農林水産省の発表によると、2021年の日本の食料自給率はカロリーベース(食料のエネルギー量で計算すること)で換算してわずか38%、生産額ベース(国内で消費された食料の額で計算すること)では63%に留まります。この数字は、他の先進国(アメリカ、オーストラリア、ドイツ、フランス等)と比較しても非常に低いものです。
これは、米の消費が減り、畜産物や油脂類の消費が増えるなど、私たちの食生活が変化したためです。
国内で自給できない食料は輸入に頼っているので、その分バーチャルウォーターが多くなっているのです。
こうした状況を受けて、政府は「令和12年度までにカロリーベース総合食料自給率を45%にする」という目標を掲げ、改善を試みているところです。
水の供給量と土地が不十分
2つ目に挙げられる要因は、日本の水と土地の問題です。
国土交通省の2012年の資料によると、日本の年間降水量の平均は1,668mm、世界の陸域の年間降水量の平均が815mmなので、世界平均の2倍以上もの雨が降っていることになります。
しかし、日本は国土面積に対する人口が多く、1人当たりの降水総量は年間4,982立方メートルで、世界の1人当たりの年間降水総量16,005立方メートルの3分の1にも及びません。
日本は豊富な水資源があるのも事実ですが、1人当たりの水資源としては世界の平均を大きく下回るというのが実情です。
また、こうした要因のほかに、土地が不足しているという点が挙げられます。
日本は国土の3分の2を森林が占めており、農畜産物を生産するための平地や、飼料用作物を育てるための土地が足りていません。
畜産用の飼料は海外からの輸入に頼らざるを得ず、農林水産省の資料では2019年度の飼料自給率は25%に留まっています。
日本の食肉の消費量は年々増えており、1960年度と比較すると2019年度は約10倍に増加しています。このような食生活を継続するためには、飼料や食肉を通したバーチャルウォーターの輸入が欠かせません。
バーチャルウォーター(仮想水)とウォーターフットプリント(水の足跡)の違い
「バーチャルウォーター(仮想水)」と似た概念に「ウォーターフットプリント(水の足跡)」というものがあります。この二つの定義の違いを説明します。
ウォーターフットプリントとは、食料や製品の栽培・生産→製造・加工→輸送・流通→消費→廃棄までのライフサイクル全体を通して、直接または間接的に使用され、汚染された水の量を測るための指数のことです。
例えば、カップコーヒー1杯に使用される水の量は、原料生産で約10リットル、包材の生産で約1.4リットル、生産工程で0.24リットル、輸送・販売で0.12リットル、使用する際に0.12リットルとなります。全ての工程を合わせると、約12リットルの水が使われるという計算です。
バーチャルウォーター(仮想水)とウォーターフットプリントには、対象範囲と測定範囲・方法の違いがあります。
バーチャルウォーターは輸入された食料のみを対象とするのに対して、ウォーターフットプリントは商品の種類も国内外も問いません。
また、バーチャルウォーターは国外で生産された食料を「もし自国で生産すると……」と仮定して算出しますが、ウォーターフットプリントは商品の生産方法そのものを測定します。
バーチャルウォーターは主に「国際貿易の見直し」に使われるのに対し、ウォーターフットプリントは「商品のサプライチェーンの見直し」に用いられます。
バーチャルウォーターはウォーターフットプリントを考える際の、1つの要素と考えられます。
バーチャルウォーターを減らすために私たちにできること
では、こうした水問題を解決するために、私たち一人ひとりにできることはあるのでしょうか。バーチャルウォーターや世界の水問題は、私たちの食生活や消費生活に密接に関わっています。
これはつまり、私たちのちょっとした工夫の積み重ねが、世界の水問題解決のキッカケとなる可能性があるということです。ここでは身近なところから簡単に実践できる取り組みをご紹介します。
食生活を見直す
1つ目にできることは、食生活や食習慣を見直すことです。
ウォーターフットプリントの第一人者であるトゥエンテ大学のフックストラ氏は、ウォーターフットプリントの値が欧米で高い傾向にあるのは、肉食中心の食習慣だからだと言います。
畜産物は生産時に多くの水を使うため、肉中心の食生活を見直すことでバーチャルウォーターを減らすことができます。
こうした取り組みの1つとして、「ミートフリーマンデー」が挙げられます。これは「週に1回、月曜日だけでも肉を食べない日にしよう」というものです。
環境保護や動物愛護、健康促進などを目的として、元ビートルズのポール・マッカートニーとその娘たちによって考案されました。海外では学校給食に取り入れられるなど、活動が広がっています。
地元産物の地元消費をする
もう1つの取り組みとして、地元産物の地元消費が挙げられます。
地元の水を使って生産された農作物や畜産物を地元で消費することにより、輸入することで他国へ無自覚に強いてきた、水消費と水不足のリスクを身近に感じることができます。
また、地産地消を進めることで食料自給率の向上も期待できます。自国の食料を自分たちでまかなうことや食品ロスを減らす取り組みは、世界の水問題解決へと着実に近づける方法と言えるでしょう。
バーチャルウォーターの概念を身につけて理解を深めよう
バーチャルウォーター(仮想水)は、世界の水問題に対する意識の格差を埋めてくれる概念です。
日本で暮らす私たちの生活の中では、蛇口をひねると当たり前のようにキレイな水が出てくるため、水資源に不自由していると感じる機会は多くありません。他国の水不足や干ばつのニュースを見ても、つい他人事のように感じてしまうでしょう。
しかし、食料の輸入に頼って、本来自国でまかなうべき水を他国に依存しているという現状を知ることが、世界の問題を自分ごととして考える一歩になります。
世界で水不足に苦しむ人々について理解を深めて、改善に向けた対策をとるために、まずはバーチャルウォーターの概念を身につけ、私たちにできることから始めてみませんか。
参考記事
黒澤松美_課題2 | 世界の水問題と私たちの生活 仮想水と Water Footprint の観点から
WaterAid | 2019beneath-the-surface
朝日新聞GLOBE+ | 日本は意外な「水輸入大国」――仮想水貿易でわかる水問題のグローバル化
環境省 | virtual water
環境省 | virtual water仮想水計算機
環境省 | virtual water_Web漫画 MOEカフェ
環境省 | 平成22年版 図で見る環境・循環型社会・生物多様性白書
国際航業株式会社 | report_vol_17.pdf
富山県 | 仮想水問題
関連記事:
関連記事はありません。